2025-08-09
初めてのオーストラリア訪問で、彼の地に心を奪われた僕。日本に戻っても「オーストラリアに住みたい!」という熱は冷めません。ただ、日常が戻ると、その思いに少し距離をおいて考える自分もいました。
「そりゃ念願の地に、しかも気の許せる友人と行けたのだから楽しくなるに決まってるよな。」
「観光だから四六時中楽しかったけど、いざ住むとなると話は別だ。英語は?仕事は?生活コストは?差別は?」
こうした思いや不安が頭の中を巡り、前向きな気持ちと後ろ向きな気持ちが交互に現れては消えていく、そんな日々が続きました。
それでも、「とにかくまた行きたい!」という思いは強く残り、同じ年の秋、今度はシドニーを訪れることに。会社の同期の一人と「シドニーマラソンに出よう!」と盛り上がり、意気投合しました。
シドニーを訪れたときも、ケアンズの時と同じようにその街に強く心を奪われました。とくに、サーキュラキーから見渡すハーバーブリッジ、オペラハウス、シドニー港の壮大な景観。ハーバーブリッジの重厚感、オペラハウスの独特の造形美、港を行き交う大小のフェリーや客船、水面に映る光、隣接する王立植物園――すべての景色が心に焼き付いて離れません。
とくに記憶に残るのは、ハーフマラソン当日の朝です。まだ暗いなか、ホテルを出て、ひんやりとした空気と薄霧が包むシドニー港。スタート地点の公園に着くと、ハーバーブリッジの骨組みに朝日がさし始めて、徐々にその威厳が増していく。そして、合図とともにその橋を駆け抜けたときの高揚感。あの時感じたひんやりとした風とまぶしい光景は、今も鮮明に脳裏に刻まれています。
シドニー港は「世界一美しい港」と呼ばれることもあります。でも「確かに美しいけれど、本当に世界一なのだろうか?」と思われると思います。シドニーの風景に心を奪われた僕でさえ、この表現は疑問符です。ハーバーブリッジ、オペラハウス以外のシドニーは正直、都市らしい、どこにでもあるような風景。高層ビル、展望タワー、重厚な駅舎に大聖堂、公園やレストラン、パブもごく普通で飛び抜けて派手なものはありません。中世の伝統建築や、未来的な高層ビルがあるわけでもないのです。
――なのになぜか、その静かな風景に不思議な魅力を感じて心が惹かれていくのを感じました。
言い換えれば、都市でありながらどこか素朴で田舎らしさも残す雰囲気。パリやロンドンの厳かな格式でも、ニューヨークや東京のエンタメ感でも、シンガポールやドバイのような近未来都市の尖った個性でもない。何の変哲もないビル、公園、カフェ、街路樹、が不思議な統一感を生み出して(いるように僕には感じる)主張せず、しっとりと静かにそこに佇むその空気が、なぜか安心感を与えてくれたのかもしれません。
そして何より、人々が陽気で自然体。こうした「素朴な都市」と「飾らない人々」の組み合わせに、また強く心が動かされたのだと思います。
自分が感じたこの魅力を言語化するのはとても難しい。いや、単純に僕の表現力や語彙力の問題かもしれません。でも、何かに心を大きく動かされた時、その理由を完璧に言葉で伝えるのは誰にとっても簡単ではありません。言葉ですべてを伝えることはできない。最近はそんなふうに思うようになりました。
むしろ、言葉にならない体験や感覚こそ、本能レベルで心に残るものなのではないかと今は考えています。
このシドニー旅行から 7 年後、僕はついにシドニーで暮らし始めることになりました。現在はブリスベンに住み、オーストラリアでの生活は 8 年を越えますが、それでも「自分はなぜこの街、この国に惹かれたのか」と今も考え続けています。そして、それを理路整然と説明することはやっぱり難しい。「なぜオーストラリアが好きなの?どこがいいの?なんで移住したの?」と問われても、やはりうまく答えられないのです。
誰しも同じような経験があると思います。自分の好き、感動を相手に伝えたい。でもうまく話せない。伝えられない。
話が少し脱線しましたが――
ケアンズとシドニーの体験を経て、「オーストラリアに住みたい」という気持ちはますます強くなりました。ですが、実際に移住するにはまだ紆余曲折がありました。
この続きは、ぜひ次の章で――。